東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)197号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1(一) 成立に争いのない甲第二号証(本願明細書)、甲第三号証(昭和六〇年八月一三日付け手続補正書、以下「第一補正書」という。)、甲第四号証(昭和六一年五月二三日付け手続補正書、以下(第二補正書)という。)、甲第五号証(昭和六一年九月一七日付け手続補正書、以下「第三補正書」という。)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は、次のとおりであると認められる。
本願発明は、体液、例えば血液採取後において、採取針の針体部分の先端開口部を密閉すると共に採取針の針体部分を保護する体液採取器の採取針用プロテクターに関するものである(本願明細書第二頁第二行ないし第五行、第一補正書第二頁第五行、同第一五行、第一六行)。
血液ガス測定のための検体採取を体液採取器により血液を採取した後、血液が漏れないように、かつ血液が空気に触れないようにするため、採取針の針体部分をゴム栓やゴム片に突き刺していたが、これではゴムを貫通して手や指を傷つける危険性があり、しかも採取針はむき出しなので血液に触れる危険性もあり、その取扱には相当の注意を要した。またこのような方法では運搬作業中における振動や衝撃でゴム栓等が簡単にはずれてしまい、血液が漏れたり、外気に触れたりすることが多く、正確な血液体液等のガス分析測定にも支障を来していた(本願明細書第二頁第六行ないし第三頁第六行、第一補正書第二頁第五行、第六行)。
本願発明は、右知見に基づき、採取後、極めて簡単に採取針の先端開口部を密閉すると同時に採取針の針体部分を保護し、かつ体液採取器から採取針を容易に取外すことのできる体液採取器の採取針用プロテクターを提供することを目的とし(本願明細書第三頁第七行ないし第一三行、第一補正書第二頁第六行、第七行)、本願発明の要旨記載のとおりの構成を採用したものである(第三補正書別紙第一頁第二行ないし第二頁第二行)。
本願発明は、前記構成を採用したこと、すなわち、採取針で穿刺可能なシール材を筒状体内に充填しているので、体液採取後、採取器に装着した採取針をプロテクター内に挿入するだけで血液が空気に触れないように針先端部をシール材で自動的に密閉することができ、かつ振動や衝撃が加わつても採取針がはずれないようにシール材により保持されプロテクター内に装着される。また採取針の針体部分はプロテクターにより保護されているので血液に触れる機会が少なくなり、血清肝炎などの院内感染の防止に寄与し、さらに、測定時においても比較的容易に、かつ安全に体液採取器から採取針を取り外すことができる等の作用効果を奏するものである(本願明細書第九頁第五行ないし第一〇頁第四行、第一補正書第二頁第一三行、第一四行)。
(二) 他方、引用例一には、体液採取器にて体液を採取する以前に使用する体液採取器の採取針用鞘(プロテクター)において、一端が開口した筒状体であり、その先端は、該筒と一体の固状ゴム栓としているものの技術的事項が記載されていること、及び引用例二には、注射針用プロテクターにおいて、一端が開口した筒状体である、該筒状体は、その内面にはハブ(針基)に設けられた縦翼(リブ)と嵌合する筒状体軸方向にスプライン溝(くさび形溝)が設けられたものが記載され、該筒状体を回転することによつて掛合し、これによつて注射器取付部から容易に鞘に入つたままの針を取り外すことができる旨記載されていることはいずれも当事者間に争いがない。
2 一致点の認定について
原告は、引用例一記載のものにおいては、針先端部は固状ゴム栓に穿刺されるのではなく、固状ゴム栓にくり貫かれた孔に挿入されるものと推測される、したがつて、これが穿刺可能であるとし、本願発明と引用例一記載のものは、共に「採取針先端により穿刺される位置にシール材を存在させた点」で一致するとした審決の認定は誤りである旨主張する。
成立に争いのない甲第六号証によれば、引用例一には、「針の他端は固状のゴム栓によつてシールされており、このゴム栓は針の全長を蔽うゴム製鞘と一体であり、針の滅菌された状態を保護するのに使用できる(第一頁第一欄第六一行ないし第六五行)。」「針6の上端は鞘と一体となつた固状ゴムチツプ5を持つ鞘の上方部分の中にシールされる。(第一頁第二欄第一四行ないし第一七行)。」「針は、それが7と6のところで気密シールによつてその先端を保護されているため無菌にされている(第一頁第二欄第二五行ないし第二七行)。」「鞘は漏れに対する完全なシールを形成し、また使用前の針の滅菌された状態を維持する(第一頁第二欄第六九行ないし第七一行)。」と記載されていることが認められる。右事実によれば、ゴム製鞘と一体となつた固状ゴム栓は針の滅菌された状態を保護するものであり、針の先端開口部は固状ゴム栓によつて気密シールされるものであることが認められる。そして、固状ゴム栓はその性状からして絶対的に穿刺できないものではないことからすると、引用例一記載のものにおける固状ゴム栓は針先端部に穿刺され得る構造となつているものと解するのが相当である。原告主張のように、固状ゴム栓部分にくり貫かれた孔が設けられているとすると、針と孔との間に隙間が生ずることは避け得ず、このため針先端部を固状ゴム栓によつて完全に密閉することはできず、滅菌状態の維持や漏れに対する防止は困難になるといわざるを得ない。
したがつて、引用例一記載のものの固状ゴム栓は注射針により穿刺可能であり、本願発明と引用例一記載のものは、共に採取針用プロテクターにおいて、筒状体には採取針先端により穿刺される位置にシール材を存在せしめた点でも一致する、とした審決の認定に誤りはない。
原告は、コアリング現象の回避の点からして、引用例一記載のものは、針先端部が固状ゴム栓に穿刺される構成になつているとは解し得ない、と主張する。
前掲甲第六号証によれば、引用例一には、「ゴム栓を中空の針で突き刺すことはある時はゴムの削片を挿入する結果となる(第一頁第一欄第二四行、第二五行)。」と記載されていることが認められるが、右は引用例一記載のものの従来技術についての記述であり、これがどのような構成のものにおける問題点であるのかが具体的でなく、引用例一記載のものの針先端部の構成とどのように関連するのかについて明らかでなく、引用例一の右記載から直ちに、引用例一記載のものにおいては、針先端部が固状ゴム栓に設けられたくり貫かれた孔に挿入されるという構成になつているとはいえない。
また、原告は、引用例一の補正前の明細書(甲第八号証)の特許請求の範囲には「針もしくはカヌラは一端が閉鎖され他端は細長い取り外し可能な鞘の厚い部分の中にはめ込まれ」と記載されていることからして、引用例一記載のものは、針先端部が「穿刺」されるものではない、と主張する。
しかしながら、前記審決の理由の要点のとおり、審決が引用したものは引用例一であるから、その補正前の明細書であり引用例一と内容を異にする甲第八号証を引用例一に記載の技術的事項を解釈するに当たつて参照することは相当ではない。しかも甲第八号証の第五頁第七行に記載された「~is imbedded~」の語句は「はめ込まれた」あるいは「埋め込まれた」の意味であることからすると、この記載から「穿刺」し得ることを否定し、固状ゴム栓にくり貫かれた孔が形成されていると推測することはできない。
さらに、原告は、引用例一記載のものは滅菌された真空にした体液採取管に関するもので、滅菌方法は蒸気によつているところ、固状ゴム栓に針先端部が穿刺されているとすると滅菌蒸気が針の先端及び内部に入り込めず滅菌できないことになる、と主張する。
しかしながら、前掲甲第六号証によれば、引用例一には、滅菌の方法について「プラスチツク材料、例えばポリプロピレンを使用することは、実験室で用いられる滅菌法の最も効果的なタイプである圧力をかけて蒸気により包装品全体を滅菌することを可能にする(第一頁第二欄第五九行ないし第六三行)」と記載されているのみである。まして、引用例一には、「本発明は中空針を包含した、予め貫通したゴム栓で前以て減圧し封止した容器とからなる。針の他端は固状ゴム栓によつてシールされており、このゴム栓は針の全長を蔽うゴム製鞘と一体であり針の滅菌された状態を保護するのに使用できる。針の内方端は減圧容器の中に突出しておりかつ気密にシールされている(第一頁第一欄第五九行ないし第六六行)。」「針はシールした端14がガラス管のなかに突出するように前以て組み立てられているが、開口12は栓のなかに残り、このようにして第一次弁シールを形成する。針の上端6は鞘と一体となつた固状ゴムチツプ5を持つ鞘の上方部分の中にシールされる。これは第二のシールを形成する(第一頁第二欄第一二行ないし第一八行)。」「固定手段8の肩部7は第三のシールとして働き、また針の滅菌された状態を保護する(第一頁第二欄第二〇行、第二一行)。」と記載されているように、針の全長を蔽う鞘は、第一ないし第三のシールにより真空に保持されているものであり、このような構造のものに対し蒸気滅菌を施し得ることはできない。してみると、採取針に鞘を装着した後に蒸気滅菌することを前提にして「穿刺」し得る点を否定する原告の主張は採用し得ない。
3 相違点<1>についての判断
引用例一には、針先端部をシールするべく固状ゴム栓に穿刺し得る体液採取針用の鞘(プロテクター)が記載されていることは前記2で認定したとおりであり、また体液採取後採取針の針体部分をゴム栓等に穿刺し、体液の漏れや外気との接触を防いでいたことは従来周知の技術であることは前記1(一)で認定したとおりである。してみると、右周知の体液採取後のゴム栓等に代えて、引用例一記載の技術を採用して本願発明のように構成することは当業者において格別の創意を要するものではなく、そして、前記認定したとおり引用例一には、「針の他端は固状のゴム栓によつてシールされており、このゴム栓は針の全長を蔽うゴム製鞘と一体であり針の滅菌された状態を保護する(第一頁第一欄第六一行ないし第六五行)。」「針は、それが7と6のところで気密シールによつてその先端を保護されているため無菌にされている(第一頁第二欄第二五行ないし第二七行)。」「鞘は漏れに対する完全なシールを形成し、また使用前の針の滅菌された状態を維持する(第二頁第二欄第六九行ないし第七一行)。」と記載されていることからして、右転用によつてもたらされる作用効果も、引用例一記載のものから予測し得る程度のものであるというべきである。したがつて、この点における審決の判断に誤りはなく、原告の主張は理由がない。
4 相違点<2>についての判断
原告は、引用例一記載のもののように採取針を取り外しできないものに、採取針の取り外しに関する引用例二記載のものを組み合わせることはできない旨主張する。
しかしながら、前記審決の理由の要点のとおり、審決が引用例一より引用した技術的事項は、針先端部をシールするゴム栓と針の全長を保護する鞘についてであり、針の取外しに関する点は技術ではない。一方、注射針用プロテクターにおいて、筒内面に、針基に設けられたリブと嵌合する筒状体軸方向にスプライン溝(くさび形溝)が設けられたものが引用例二に記載されていることは原告も認めるところである。そして、引用例二記載のものは、針体の保護を目的とする点で引用例一記載のものと共通の技術を有し、互いに近い技術分野にあるから、引用例一記載のものに、引用例二記載のものを組み合わせることは当業者にとつて格別困難なこととはいえない。そして、それによる作用効果も、引用例二には、筒状体を回転することによつて、掛合し、これによつて注射器取付部から容易に鞘に入つたままの針を取り外すことができる旨記載されている(この点は当事者間に争いがない。)ことからして、予測し得る程度のものであると認められる。したがつて、この点における審決の判断に誤りはなく、原告の主張は理由がない。
5 相違点<3>についての判断
原告は、引用例一記載の固状ゴム栓は鞘と一体となつており、シール性のほか、鞘としての一定の形状、必要な強度及び成型加工に適したものとならざるを得ない。したがつて、固状ゴム栓に代えて周知のシール材を用いることは容易になしえないことであり、その作用効果も格別のものである旨主張する。
しかしながら、鞘として一定の形状、必要な強度及び加工に適した材質のものを採用した場合、鞘と一体として形成されたシール部(引用例一記載の固状ゴム栓)に代えて針先端部を穿刺し得るようなシール材を使用してシール部を形成し得る程度のことは当業者であれば容易に想到し得ることであり、しかも、本願発明で用いるようなものは、いずれもシール材として周知なものである。したがつて、鞘として採取針を穿刺することができない材質のものを採用する場合に、引用例一記載のゴム栓と鞘の一体成形に代えて、本願発明のようにシール部を周知のシール材で形成することは格別困難なことではなく、また固状ゴムに比べて、粘土、パテ等のシール材の方が穿刺抵抗が小さく、針先端をシール材中に挿入することが極めて容易になることは技術常識上自明のことであるから、これらのものを選択したことによる作用効果もまた予測し得る程度のものにすぎない。
したがつて、固状ゴム栓に代えてこれらのシール材を用いることは当業者が任意にできることであり、これらのものを選択したことによつて予期し得ない効果を奏するとも認められないとした審決の判断に誤りはなく、原告の前記主張は採用し得ない。
6 以上のとおりであるから、一致点の認定及び相違点<1>ないし<3>についての審決の判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。
三 よつて、審決の違法を理由としてその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。
〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。
体液採取器にて体液を採取した後に使用する体液採取器の採取針用プロテクタにおいて、少なくとも一端が開口した筒状体と該筒状体は内面に前記採取針の針基に設けられたリブと掛合する筒状体軸方向に延びかつ内方に突出するリブを有し、該筒状体内に粘土、パテ、パラフイン、ポリウレタンの群より選ばれた少なくとも一種のシール材が充填されており、さらに該シール材は該採取針をプロテクタ内に挿入せしめたときに該採取針先端により穿刺される位置に充填されていることを特徴とする体液採取器の採取針用プロテクタ。